sakush0’s blog

It's in the doing that the idea comes

山脇巌設計 三岸アトリエ 木造モダニズムを見学してきました。

 

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竣工時の写真(山本さんに送っていただきました。)

 

 

これは2018年6月に投稿した記事に対し著者が編集して再投稿したものになります。一度お目にかかってくださった方に新しい内容の提供ができず、大変不甲斐ない気持ちで沢山ですが、少しでもこの記事の主題であります「三岸アトリエ」に貢献できることはないかと思惟した末の結論でございます。

 

なぜ再投稿するに至ったか、その背景を以下に追記したいと思います。

 

改めまして、東京工業大学院修士2年の櫻井翔太と申します。

 

昨日2019年10月2日のことでした。バウハウスの建築家チームが製作した『Two Houses』という、文字通り「二つの家」に纏わるショートフィルムが公開されました。その二つの家とは〈三岸アトリエ(1934)〉と〈山口文象自邸(1940)〉のことを指します。なぜ設計者が異なる家を同時に扱うのか、それは設計者の生い立ちに共通点があるからで、1930年代近代化の真っ只中、山脇巌と山口文象という二人の日本人は、当時最先端で現代に多大な影響を与えているバウハウスに留学をしていました。

 

建築系の方だと学部の授業で必ず習うので知らない人はいないと思いますが、100年も前の話なので古く感じる人も多いようで、現在継続して学校が残っていることすら自分も去年までは知りませんでした。たまたま一つ上の先輩が留学していたことで知った程度です。

 

勿論教育制度のようなものは当時とは変化していますが、椅子や照明を初めとした家具から、授業課題での生徒たちの作品など、現代において価値が全く落ちずむしろ上がるようなマスターピースの数々は多大な影響を与え続けていると感じております。個人的にはマリアンヌ・ブラントの設計したデスクランプ(9万円)かマルセル・ブロイヤーの設計したデスクランプ(25万円)が欲しいと思っております(笑)

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そのバウハウスで生粋の機能主義の影響を受けた彼らは、日本に帰国後すぐにそのスピリットを受け継いだ建築を残すこととなります。受け継いだからといってモダニズムを全面に主張するのではなく、日本建築にも造詣の深い二人だからこそそれらを上手く設計に取り入れることで、日本という国に馴染み多くの人々に愛される建物を作ることができたのだと思います。

 

前置きが長くなりましたね。しかしながら、もう少しばかり書いておきたいことがあるのでお付き合いいただければと思います。撮影に立ち会い、この目で作品を見た僕はフィルムに対する感想を述べるべきだと思うのです。表現方法は如何様にしろ、人様の作ったものに何も感じないことなどあってはいけません。勿論興味の対象を絞ることは想定されますが。。

 

断片を切り取り繋ぐスタイルの作品だったので内容を正確に記憶していない可能性がありますが、どうかご勘弁ください。

 

追記:『Two Houses』の感想

 

人々が二つの行為を同時に行うようになった時代を切り取ることから映像は始まりました。「歩き」ながら、指で小さな「画面を操作」する。スタビライザーを持ちいず視点がブレると共に、カメラも若干下に向けられることで「あなたも同じことをしていますよ」と言わんばかりのカット。駅で流れる「歩きスマホ禁止」の案内放送をリアルにマイクに収めたそのカットはまさに喧騒な現代日本を正確に切り取る鋭い視点だったように思います。騒がしい様子から一転、高層ビルが立ち並ぶ閑静な住宅街が画面に映し出されます。ここから、建物のような静止物を撮影する際にはほぼ全てが定点撮影だったと思います。

 

それぞれの住宅を管理・運営していらっしゃる方々の思いの篭った言霊を拾った音源と、美しい住宅の映像が入り混じり、時間が過ぎていきました。

 

公共交通機関であるバスや電車に乗り、住宅に向かいます。運転手が挨拶する際に手をあげる仕草や道路に面したビルディング。ガラスに映り込んだ典型的な日本の景色や人々が交錯する様子。多忙に消去された日常を思い出させてくれるトリミングには豊かな感性が感じられました。住宅の内外観、そしてそこで活動する人々だけでなく、敷地から少し離れた場所から住宅を見たり、都市を見る視点こそ、「二つの家」だけに起きている現象が、決して特異的な二つではなく、日本各地の住宅が同じ問題を抱えていることを自覚している作者の意図を感じ取ることができました。

 

それぞれの住宅に人々が集まる機会がこの映画のために設けられました。山口邸ではコンサートを行う様子が、三岸邸では座談会を催した様子が映し出されました。そこに関わる人々が思い思いに言葉を連ね、国境を超えてこれからのモダニズム建築の保存活用の議論をする。現代社会においては忘れ去られた、本来住宅が持つパブリックな力を教えてくれるようでした。トークの内容を引用すると「HOUSE」が「HOME」になるという表現がされていたと思います。ハードとしての建築に暮らしが重なっていく。ある家族のために設計された建物が、多くの人に知られ、愛され、使われながら保存されていく。きっとバウハウスの貴公子二人も喜んでいることでしょう。いつかは自分も設計する身として、想いを込めて表現した建物が人々に愛されるためには何をすればいいのだろうと、ふと思ったり。。決して言葉で建築を語るなんてことはしたくありません。しかしそれは作る際の話。建物を保存する際には言葉が必要です。維持管理のお金を捻出することなんてできないので、言葉で、学生の自分でもできることを精一杯やりたいなって。。

 

建物保存問題はとても制約が多く、人々の意見が一致しないことも多いです。前川國男設計の世田谷区役所、長谷川逸子設計の緑ヶ丘の住宅、どんどんいい建物がなくなっている気がします。

 

それは建築に対する知識の不足は勿論、審美眼を備えた人間が減少していることに大きな原因があるのではないかと思います。知らない世界はたくさんあるし、生きている間に何もかもを網羅的に把握することはできないですが、せっかくなら物化された人間の思想の多種多様なアラワレを知る努力はしていきべきと思います。

 

さて映画から少し話が逸れましたが、兎にも角にも素晴らしい映像作品だったと思います。トッドヘインズ監督が50年代のアメリカを表現するフィルターの素晴らしさとは違う、現実を投影する、これからの未来に何か訴えるものを持った、そういう映画だったと思います。

 

経緯

 

ということで、長らくお待たせいたしました。

僕が2018年6月に授業の課題で取り組んだレポートをどうぞご笑覧ください。

  

授業、というのは「建築保存設計特論」で山崎鯛介先生が担当の授業でした。

 

「歴史的建造物についてA1のボードにまとめ発表する」という課題が与えられた自分は実際に建築を見学して、自分なりにその建物を理解をした上で発表しようと思いました。それがこの建築との出会いでした。適当に検索をかけてパソコンとにらめっこしている際に発見したのです。発見、つまりこの建築に関すること、存在・設計者・施主何もかも無知の状態だったということです。授業に感謝しています(笑) 最初に貼った画像をインターネットで発見し、バウハウスのデッサウ校舎を思わずにはいられませんでした。そしてこれが日本にあると。しかもできた年は1934年となると、もうこれは行くしかない。と勢い半分で見学希望のメールをしていました。

 

正直モダニズム、白い箱、沈黙系の建築は好みではないのですが、建築には顕在していない建築家のピュアな空間を思い描いた思想が垣間見えた時の面白さをファンズワース邸の外部に追い出された柱を支える小梁についてその不合理さを友人と議論した直後のことで、興味の対象が近いことも選んだ理由の一つではあります。

 

モダニズムと呼ばれる建築は白い箱を目指しているので、本来ならしないであろう不合理な構法や構造を使うんですよね。それは工事が終わると見えなくなってしまうけれど(それがカッコいい!苦労が見えなくなるところが。まさに能ある鷹は爪を隠す。)、竣工中の写真や解体の時にわかる訳ですが、そこを見えた時が楽しいと思います。

 

以下、各項目に分けて順を追って書いていくので、読みたいところだけ目次から飛んで覗いてみてください。
 

建築概要

所在地 :東京都中野区

用途  :アトリエ(現在はレンタルスペース / スタジオ)

運営者 :アトカル

設計者 :山脇巌

施工会社:永田建築事務所

延床面積:38.414坪

構造  :木骨造

竣工年 :1934年(昭和9年)

 

 

設計者

山脇巌。この建築を知るまで存在すら知りませんでした。授業でも習わなかったし、歴史研に所属していた学部4年のゼミでも一切出てきませんでした。

彼は妻の道子と二人でバウハウスに留学。これが1930年の出来事。ナチスによるバウハウス閉館により1932年、わずか2年後に帰国しています。建築家でありながら、写真家でもあったようでそのコラージュ作品はバウハウス関連の洋書本でよく見かけます。

帰国後すぐに木造でこの建築設計できるものなのかと、、すごいです。向こうで国際様式を見ているとしても自分のものとしてアウトプットできるまでの期間が短かいことに驚きました。しかも30年代の日本といえば、日比谷公会堂銀座ライオン国会議事堂などのアール・デコ建築や洋風の建物が人気を博していたはず。なぜ施主はこの建築を依頼したのか。。気になります。

 

 

施主

お施主さんは三岸好太郎。戦前のモダニズムを代表する洋画家で、最終的にはシュルレアリスムに行き着いたようです。『蝶と貝殻』シリーズが晩年の作品。若くして亡くなったのはとても残念ですね、三岸アトリエも完成を見ずに亡くなってしまったようです。

 

設計意図

当時の写真からの考察をしてみようと思います。

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竣工時の内観写真

当時のアトリエの写真を使って、この建築が形態になるまでの経緯を探ってみようと思います。螺旋階段、家具、大きな開口部などなど、、

 

三岸の依頼時の言葉が住宅雑誌に記してあったのでここにも書いておきたいと思います。

 

「北は一面の壁で、三方全部を開け放った硝子建築

 

黒と白ばかりの部屋、そして色々な絵をかける壁のあるー色のある絵によって尚引き立って来る色のある部屋(色と明暗に関する鋭い感覚は、氏の最近の作品がはっきり物語っている。細かいペンを用いたデッサンやガッシュに現れた黒と白の使い分け、あるいは紫、赤の特殊な色の使い分け等)ー書室の壁はグレイがいい、今までの書室は白の系統が多いが、灰色の中で素晴らしい制作がしてみたい」

 

「書室には、くるくる天井にまで延びてゆくスパイラル(渦巻き)の銀色の階段ーここから絵を見下ろすのも面白い。」

 

「冬は東南の暖かい陽を浴びて、光の中で夢のような暖かい製作をする。」

 

「アトリエの前にはキラキラ陽に光る池を睡蓮の花がぽっかり浮いた池を、そして水面で曲折した陽の光が白いアトリエの天井でくねくねと踊っている」

 

 

 

螺旋階段

三岸好太郎は晩年『蝶と貝殻』という作品を残していますが、ここに描かれている渦巻きの貝殻はヘーゲルの思想(スパイラル状の物事の捉え方)からきているそうです。「物事はスパイラル状に上昇し、決して同じ場所には戻らず進化して行く」というまさに形態的に表すと螺旋型の捉え方は三岸の生き方そのものだったようなんですね。つまりこのアトリエで一番ヒエラルキーが高いのはこの螺旋階段であり、それが目立つようにこの空間があったようにも思えてきます。ここに来る人は明らかに視線をここに向けるであろうし、現に自分も目を向けていたと思います。設計者の意図ではなく、施主の意図だったんですね。

 

大空間

螺旋階段を強調するためには目立たない消える空間が必要なわけです。これを設計できた建築家は当時珍しかったのではないでしょうか。設計者と施主の価値観が一致したためいいものが出来上がったのでしょうね。この大空間、平面は18尺かける18尺。つまり九間なのです。九間とは伝統的な日本建築の寺社仏閣武家屋敷等によく見られる大きさです。堀口捨己の弟子でもある神代雄一郎は『九間論』という本で、九間は日本人にとって心地の良いスケールであると言っています。つまり古代から近世までの歴史を貫いて、人が集う空間の理想型として三間四方の空間「九間」が見いだされることを追跡し、そこに日本的空間の核心を抽出していると見ることができます。(青井先生のお言葉をお借りいたしました。ところで10+1終了残念ですね。)九間と山脇との関連は僕の勝手な推測なので流して頂くか、議論しましょう(笑) しかしながら日本建築の九間とは違う点もあります。それは天井高です。実際にメジャーを下ろして測ったところ4500mmでした。日本建築は1820mmから2275mmくらいでしょうからかなり空間認識としては変わってきますよね。

 

大きな開口部

右手に見える開口部は何故か南を向いており、強い日差しをもろに浴びます。アトリエとして使うなら長時間そこにいることを想定して落ち着く場所を作るべきだと思いますよね。でもこれにも施主の強い意向が存在したようです。後ほど詳しく写真を載せてアプローチとの関係を示しながら説明します。

 

家具

手前に見えるのはマルトスタムのパイプ椅子のデザインのものに激似です。またはミースのMRチェアに似ていたり。キャンティレバー構造のパイプ椅子はその構法的に最大限曲げられる角度と荷重に耐えるための構造計算が必要なので、影響を受けて異国の地ですぐに作れるとは思いませんが、よく作られています。オーナーさんの話によると山脇が持って帰ってきた家具を見せて、日本の職人に似せて作らせたそうです。奥の椅子もミースのバルセロナチェアのX字の脚に構造が似ているような感じがします。

 

奥に小さな空間があり、そこを応接間として使っていたようですが、現在は補強のため壁が入っていて、当時ほどの開放感は失われています。現在でも広いと感じるくらいなので昔はもっと広かったんじゃないかと推測します。

 

床は米松縁板張りで見事な光沢が写真から読み取ることができます。構造的に強いことはもちろん、螺旋階段、窓からの光などを反射させ、より空間の質を高めていた要素と言えそうです。木の経年変化と金属のインダストリアルな雰囲気の相性の良さが素晴らしいですね。

 

ここからは実際にこの建築を見て感じたことをまとめていきたいと思います。

 

空間構成

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現在の外観
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外観

撮影した場所は少しずれていますが(ごめんなさい笑)、昔の面影はほとんどありません。正直柱の通り芯をずらすことで、角がガラスになっていることに惹かれていたのでショックでした(笑) レンガの煙突があるし、人を引き込むエントランスはコンクリートの塊になっているし。(これは三岸好太郎の妻、三岸節子が作らせたのかもしれません。)周囲に建物も増えたので目隠しのための大きな木も3本植えてありました。

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前庭部分

当時の姿を知っているから残念と思いながらも、現在の姿の重厚な感じは嫌いではないですね。楣が細い柱に載っているような表現にも見えます。構造と意匠の関係は近代建築家が注力した部分ですよね。当時の写真の前庭にはリュウゼツラン科の植物が植えられていたりして、遠藤新やライトを思わせます。

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玄関部分

玄関部分もだいぶ変わっていました。2011年の東北大震災で硝子部分が崩れてしまったそうです。2013年に修理して現在に至っています。通りに面した小窓はコンクリートで塞がれ、隣家に面した格子の開口は波板で補強してありました。屋根も修理されています。現在は玄関としての機能は全くなく、内側も仕上げ材が剥がれています。玄関にこれだけ大きな開口部があると、心地良さそうです。動線方向を雁行させることで自分も実践してみたいです。

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現在のエントランスの内部

三岸節子が設計を頼んだのであろう前庭部分に建った暖炉のある部屋が現在のエントランス。焦げ茶色の梁が飛んでいたり、ハーフティンバー的な雰囲気のお部屋でした。アンティークの家具が置いてありここはかなり洋風です。

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当時の玄関へのアプローチ

アトリエを右手に見ながら、赤い扉へ向かいます。これが三岸の思っていたアプローチなんですね。というのも先ほど大きな開口部のところではぐらかしたアプローチとの関係をここで書きます。通りに面した入り口を作らず、東から西にアプローチをわざわざ長く設計したのは設計が下手とかではありません。このアトリエを見せることこそが目的だったのです。しかも大きな窓があるということは実の透明性を介して螺旋階段が外からも見えるんです。中からも象徴的な螺旋は外からも注目を浴びる存在に仕上がったわけです。。素晴らしい象徴主義。。

 

ちなみに外に緑色の柱がありますね。当時の写真からは伺えない(モダニズムの思想的にもあの位置には柱は見せない)ので補強のためにつけたのでしょう。

 

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扉の色

扉の色にも理由があります。三岸の晩年の作品の表紙の色です。比べて写真を撮って見ました。節子によると好太郎はコルビュジェやオザンファンからも影響を受けているらしく、扉だけ色を目立てせたのはそこに源流があるんでしょうか。ちなみに、コルビュジェの設計したアトリエ・オザンファンはこちらです。

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似ていますね。

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隣のアパートメントの屋上から見る

 当時の屋根形状を示す写真はありませんが、現在は寄棟屋根がかかってます。おそらく道から撮った写真から推測すると陸屋根か、片流れで地面レベルから屋根が見えない方法をとっていたと思われます。

 

それでは実際にアトリエに入って行きましょう。

と、その前に平面図を見ておきます。

 

平面図 

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竣工当時の平面図に藤森照信さんが部屋名を加筆したものです。

TOTO通信 こちらに掲載されています。

応接間からアクセスします。

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当時の様子を残す応接間

床も、ヒーターを入れるための鉄平石でできた作り付け家具もそのままです。メルヘンチックな感じになりそうでなってない。割とギリギリなラインかもしれません。

 

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トップライトがない!

左が1934年、右が2018年。

比較するとトップライト、はしご、通気口、ライト、窓の形状などに変化を捉えることができます。左の写真の右下、細長い通風口があるの見えますかね。平面図を見ると北側に室はないということがわかりますが、現在はスライドドアがあるのが写真でわかるように奥に風呂、便所、2階への階段があります。

 

アトリエ

それでは各方角からアトリエの写真をどうぞ。

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登ると2階の和室に。

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家具は当時のままだそう。あとで少し細かく見ます。

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奥には階段、右手に風呂、左手には便所。

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上の開いている扉は額縁や絵を保管する場所。当時ははしごからアクセスしていたそうだけど、いまは2階から行けるようになっています。

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明るい!本当に明るい。心地よいです。

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結構劣化しています。

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階段の途中から。いろんなところで撮影できそうです。

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2階の和室から。下で資料を見ているのが山本さん。お世話になりました。

三岸はここから絵を眺めることを考えていたんですね。

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保管庫から。この広さ伝わりますかね。

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なんの脈略もなくヤコブセンの椅子が置いてあります。

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誰の作品か忘れてしまいましたが、その方の作品が飾られています。

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床材には本当は松を使いたかったようですが、予算がなくラーチ合板を採用。木目選びが上手で、綺麗に敷かれていました。

 

玄関

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当時のインターホン。

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左が外から、右が中から。壁は結構厚いから雨は入らないのかな。この照明の設置の仕方、未だにここ以外で見たことがありません。

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当時の帽子掛けと外套掛け。壁の仕上げはボロボロになってしまっています。まるで自分の家の珪藻土のようです笑 亀裂もありますし、地震の影響は大きそうです。

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鉄平石。黒は三岸が指定していた色ですね。

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白色タイルも見えます。この状況ですから、有用性はないですね。この部分に関しては是非修復していただきたいですね。。

 

アトリエから2階へ

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扉の奥に入ります。

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お風呂。もうだいぶガタがきてました。

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アトリエのお風呂側の壁。コンクリートブロック。

なぜか新聞紙。。。

 

サンルーム

2階へ向かいます。

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そういえば、色使いが上手だと僕は感じました。いやらしい感じがない。アトリエと違ってモダニズムではないことを示すかのような構成。増築部分とすぐにわかります。白色と茶色のコントラストが綺麗に効いています。

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登りきったところから撮った写真です。右のブリーズソレイユ自体は格子グリッド。しかし奥の半透明のガラスは3×6板。真ん中の冊子の切り替え部分に同じ色の木で補強していたり。全く目立たないから意匠的にも構造的にも合理的な方法だと思います。

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保管庫から出たところから撮った一枚。階段を上がるとすぐにサンルームがあります。どこにもサンルームという表記はないけれど、和室とレベル差があることや、北側の落ち着いた光を入れる水平連続窓をみると、恐らく椅子を置いてお茶でも楽しんだのかななんて思ったりします。スタジオとして利用する人はここが結構光がいい感じに入る!と言っているそうです。

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左手に和室。奥が保管庫。

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階段のディテール。勾配はとても急です。コペンハーゲンリブは雰囲気でるのでいいですよね。

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よく見ると、床厚とても薄いですね。。

 

和室

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南側。左側の柱も当時はもっと細かったのではないかと思います。和室だけど開口部は近代建築そのもの。ここが木の建具とかならより和風に見えますが、外観の見えを大事にしているので、アルミサッシを採用しているのだと思います。(改修している可能性の方が大きいかもしれません。)

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6畳間。壁が白い仕上げなのでとても広く感じます。奥にはサンルーム。

 

テラス

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外にはテラス。

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煙突。

 

お庭

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テラスから下のイングリッシュガーデン的なお庭を見ます。毎週ここでお茶を飲みながら地域の人で集まって色々話すそうです。歴史的建築の中でそういうコミュニティが形成されているのはとてもいいことですよね。ここのオーナーさん、そういうのとても上手です!

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隣のアパートメント。

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ディテール集

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天井の仕上げ材は地震で剥がれてしまったそう。中からい草が垂れています!!これは日本の伝統的な工法だそうで、上から固定するために吊る材料だそうです。モダニズムに隠れし日本の技。これ見れるの楽しいですね。

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天井が剥がれていたこともあり、iPhoneを突っ込むことができました。謎の小屋組です。もともとの小屋組に屋根改造の小屋組が混在しているのだろうけど、手前の入り組んでいる3つの材とかとても謎です。垂木も二重?野地板が直接張られていないんです。しかも野地板は普通横材を何枚も載せるわけですが、どうも一枚板に見える。ただの材料不足なのでしょうか。。

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不整形材ばかり。

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まず木造で大空間を作ろうとした不合理な作為がこの小屋組に繋がっているのでしょうか。垂木も太すぎです。

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堀金物。新橋にあるアール・デコ建築のお店ですね。

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アングル材を使用した螺旋階段。使用していない穴は施工時に間違えたそうです。施工は中で行ったらしいです。

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絵をかけるための棒。はしごがないと掛けれませんね。。

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当時の机。またいいものを見ることができました。

どこかライト的な雰囲気を醸し出しているんですよね。。

 

 

登録有形文化財として

 2014年に登録有形文化財に登録され、2017年にはdocomomoに登録されています。現在、日本に現存する木造モダニズム建築は2つで、土浦亀城邸と三岸アトリエのみ。竣工年でいうと1935年と1934年。実はこの三岸アトリエの方が先なんですね。

 

しかし文化財に登録されたからと言ってお金の援助が出るわけではなく、スタジオに貸し出したりカフェの稼ぎで維持費に充てているそうです。

 

leia.biz

リンクを貼っておくので是非スタジオ、写真撮影等で利用してください!

 

完全に修復するには2000万。

僕個人としては当時の状態に是非復原してほしい。しかし当時の面影がなくなってもそれはただの新築になってしまうのでいかがと思いながら。保存と利用の問題って難しいです本当に。

 

最後にオーナーの山本さん。この度は本当にお世話になりました。楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうございました。

 

 

 

何かの弾みにこのブログに行き着いてしまった方で、もしファッション関係、写真関係の方がいらっしゃいましたら、是非とも三岸アトリエ、ご贔屓いただければと思います。血筋もバウハウスも何も関係していない僕ですが、一建築ファンとして、良いものを残すべく発信しています。よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

建築に近づくために。

 

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挨拶

 

お久しぶりです。

ブログを書く、言葉を操る行為、から若干逃げていたと言えるでしょう。

建築「学」界隈の方々はツイッターを使用し、字数制限のある中よく言葉を紡ぎ出せるなと、日々感心しております。もちろん日々の設計行為も行っているわけですから、本当にすごい熱量だなと思います。

 

僕は完全にインスタグラムの使い手なので、ツイッターもFacebookもたまにしか更新しません。なぜインスタグラムかは話すととても長くなると思うので今回は短めに言っておきます。

 

「領域外の人間と知り合うことができるから」

 

これが全てでしょう。アカウントは4つ持っています。

1.オシャレのトップ界にいる方々と繋がるアカウント。(僕自身の外見も一定以上であることが必要です。)今までに20人弱お会いしました。

2.カメラで撮った人間の写真をあげるアカウント。(ポートレート作品といってもいいレベルにある必要があります。)

3.建築に関するインプットアウトプットをひたすらに更新するマニアックアカウント。(意外と建築学生がフォローしてくれてたりして、大学院が同じ子とかもいます。)

4.最近活動しているスタジオの作品を載せるアカウント。(優秀な友人がいることが必要です。)

 

 

とまあ、インスタグラム厨な僕ですが、今日更新しようと思ったのは他でもない最近の動向をまとめておこうと思ったからです。自分が顧客ありの実作を世の中に出し始めたことによって見えてきた世界があるような気がするので、言葉にしてまとめておこうと思うのです。

 

クライアントがいる設計の楽しさは2018年春、ベビーベッドを設計製作した際に知りましたが、原寸大の実物を人間が使用する点において、未熟なことがたくさんありました。その点、解像度が徐々に上がりつつある気がしているのです。できればあと一年の間に建築に近づきたいのですが。。。

 

「近づく」という表現が正しいかどうか、自分にもまだ確証はありませんが、僕が建築家を志す意味も含んでいます。

 

「身体からの距離」という視座において、順番に服、道具、家具、建築、都市、、。このような並び順になると思います。どの分野も「モノづくり」という共通項はありますが、結果が出るまでのスパンが長いけど、生きている間に実感でき、将来作者よりも長く生き続けるモノは建築なのではないかと思っているのです。もちろん服や家具も大切に使用してあげることで生き続けますが、建築にはかないません。別に時間軸評価だけで良し悪しを決めている訳ではありませんが、一番挑戦し甲斐のある難しい分野であると、自分は感じています。設計者として世に認められる信頼された存在になるための国家資格は受験資格すら厳しいものです。

 

建築が総合芸術であり、人間を唯一包み込める空間芸術、時間芸術であることに自分は惹かれているのでしょう。

 

建築に近づくために

さて、建築に近づくために。

 

僕は最近家具作りをしています。授業で扱うような模型やCGパース製作ではない、1分の1での設計。0から1、0から∞の可能性を秘めた設計を。

家具なら資格もいりませんし、デザイン料さえもらわなければ万が一その家具で怪我をした方がでても責任は問われません。こういう言い方をすると、ひどいやつに思われると思いますが、実際大事なところです。保障関係のことに詳しい会社に電話して、学生であることと、ビジネスではないことを伝えると、安心していいと。

 

「デザインでお金を稼ぐ」のではなく「デザインで世の中の役に立つ」ことが僕の設計行為の初心なので、設計料は取らない予定でした。(予定は変わるものですよね笑)

 

プロジェクトについて

春休み、優秀な友人Rと2人で鎌倉に焦点をあてるところから始まりました。

人が集まるポテンシャルがあり、使ってもらえる可能性の高い場所で、ある程度の民度があり、格式の高くない敷地として選定しました。写真を撮る行為が蔓延するこの世界で、少しでも写ることができれば次のデザインの仕事に繋がることも目論みながら。

 

営業をかけさせていただき、2つのお店が欲しいものがあることまで聞き出すことができました。詳しい設計時間まで覚えていませんが、1/5スケールの模型をつくり、やる気があることを示します。なんとなくイメージを膨らませながら、あーでもないこーでもない、もっとこうなら、と話が進みます。そこからブラッシュアップさせ、打ち合わせ資料を全力で作ります。文章ばかりで、すみません。設計の過程としてお見せしますね。

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これらはパン屋さんにテーブルを設計した最終プレゼン資料です。フォトショップもまだまだですし、レンダリングも全然です。でもこれからの「伝える資料作り」の勉強としてやってみました。

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これらはカフェのチラシ挿しの資料です。

図面も1/1で書くことなんて滅多にありませんからね。。

何よりホームセンターに売っているエンドユーザー向けの既製品から選択して設計していることもとても勉強になります。ディテールに凝ることが勝手な設計者の楽しみですね笑

 

ここからは設計で考えていたことをお話しします。

順番にテーブルの方から行きますね。

 

設計内容〈よねこベーカリー〉

パンを立って食べるスペースが店内にあったら。。という希望を伝えてくれたパン屋のMさん。昭和レトロな雰囲気がお好きということを会話、お店の既存状況から汲み取りました。正直お世辞にも広いとは言えない店内。狭い面積という制約に対してどう答えるかが一番の肝でした。

平面図を起こし、最大限に活かせる面積を割り出します。3つ、同じサイズのテーブルを置くことで、通常時はお客さんが立って食べる際にもたれかかったり、パンを置くスペースとして使っていただき、イベント時などは持ち運んで組み合わせを変え、自由に使ってもらえるようにしました。また立って食べる際、荷物を置く場所があるといいと考え、今回の設計ではテーブル自身の構造となる荷物置きを提案しました。

 

つまり、面積の制約から生まれた短手の構造的制約をテーブルの重心を下げることで解決したのです。

 

「立って」利用する行為と腰壁の切り替わり、ガラスのショーケースの高さとのバランスを加味し、天板の高さは919mmに設定してあります。柱構造では天板からかかる重力を地面に伝えにくく、また3つ並べた際の美観的問題から、面剛性を持った柱を採用しました。柱というより、壁という表現の方がいいでしょうか。その壁は地面に効率よく力を伝え、水平力により多くの摩擦力で対応できるよう2枚の板を120度で接合して構成しました。そのおかげで天板の下に少しスペースが生まれ、女性でも簡単に持ち運べる形状になりました。

 

最後に色についてです。

天板にはクリアニスのみ塗装し、それ以外の脚部分にはダークオークのステインを塗装してあります。

実はこのテーブル、通常のテーブルとは上下逆の構造をしているんです。通常のテーブルは天板と脚が剛に接合され、脚の地面につく部分は自由端になっています。しかしこのテーブルは荷物置きと脚を剛に接合し、天板はピン接合なのです。実際は角度がついた脚に接合しているので回転はしないのですが、その構造原理を色で示しているというわけです。

 

それだけではなく、レトロな雰囲気に合うよう、腰壁の色に呼応するよう、下を濃く、上を薄くしているという2重の意味を持っています。こんなことはお客様に話しても仕方がないことなので、話しませんが。。わかってもらえるとより楽しいかなという感じです。

 

今回は同時に椅子の提案もしています。

もともとレトロな赤いファブリックの椅子が2脚置いてあったのですが、テーブルの高さからして座りにくかもしれないと、IKEAのスツールを提案しました。費用もあまりかけたくないので、安いものを選択しましたが、アルテックから出ているアアルトのスツール60が元ネタであることや、洗練されたデザインであることを説明し、提案を了承していただきました。バーチ材の色と天板の色も同じ色で、空間に馴染む提案になったかなと思います。

 

ということで完成した写真を何枚かご覧ください。

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実は着物の女性、撮影に協力していただきました。

人が使っているところを竣工写真として撮影したい、とお声かけさせてもらい撮らせていただきました。自然体でおばあちゃんと会話しながらパンを食べてくださいました。

感謝しています。このブログを見ることはないかもしれませんが、本当にありがとうございました。


もう少しこだわりを。

今回はSPF材を使用しています。規格がかなり設計の数値に近く、ワンバイ材とツーバイ材を選択し、コストを抑えつつという感じです。集成材だと割付も簡単ですし、ありふれた表情になってしまいます。建築の枠組壁構法で使用する材料なので、構造的な心配もほとんどいりません。

 

数値に関してですが、立面図を見ていただくと、真ん中の空洞部分が正方形になっているのが見て取れると思います。各寸法が決まってきた後に、数値の調整を行いました。これは最後の一手という感じです。比例関係にまで踏み込めたというのはとてもいい勉強になったと思います。古代ギリシャ、ルネサンス、近代と、数字への執拗なこだわりは歴史的にも見て取れます。美しいものは構造と機能を備えた上に少しばかりの調整が必ずあるものです。というのもこの設計をして感じたことですね。

 

設計の際に構造と機能は絶対に切り離してはいけないし、それが外観に必ず現れるはずだと思います。スタディの途中ででてきた形状がいかに合理的な形態をしているか、否かは振り返ってみるとよく理解できました。今回は内外という見方はあまりしないので、そこについては後で触れたいと思いますが、構造合理性というのは心に留めて置くべきだなと、これからの設計の指針となることを発見できた気がします。

 

 

設計内容〈cafe kaeru〉

次にカフェのチラシ挿しです。

初めは本が多くてどうにか整理したいとカフェのご夫婦がおっしゃっていたので、本棚と椅子を兼ねた模型を持って行きました。しかし場所がないなぁと。やる気があることは伝わり、次はポストカードを置く場所が欲しいと言ってくださいました。

これ、結構カフェからするとあるあるなのかもしれませんね。

近所のお店やイベント関係のチラシ、名刺、フライヤーをカフェに置きたいという方がたくさんいるみたいで、カフェとしては是非置いて、色々な方に周知できるといいというスタンスではあるものの、なんせ置く場所がないと。。それでいつもお断りするそうなんです。

 

そこで僕たちは、といってもこれは完全にRのアイデアでした笑

カフェの外装である下見板張りにインスピレーションを受け、その逆の上見板張りでチラシを挟むというものです。下見板張りは雨を室内に入れないための外装ですが、富士山では雨は下から降るそうなのです。それで上見板張りが構法として合理性を持ってデザインされ得るというわけです。というのは余談でして(Rの卒業設計の一部でした。)

 

レジのカウンター板がお客さん側に11cmほど飛び出している下のスペースに作って欲しいと依頼を受け、省スペースながら、多数のチラシを掲示できるよう設計しました。

通路に干渉しないよう、幅は最低限設けています。

 

名刺、ポストカード、A4サイズのフライヤーの3サイズに対応した大きさのスペースを設け、突っ張り棒の原理でカウンターの上に固定しています。

板付ナットと長尺ナット、全ネジ、鬼目ナットを組み合わせ、逃げをとった調整機能を作り、金属の粗々しさをそのままに、表現しました。

 

後ろの横目地のラインに合うように線の位置を調整し、色もできるだけ空間に溶け込むように塗装しました。

 

垂木を構造フレームに採用し、ラワン合板4mm厚を板張りに使用しています。コストをできるだけ落とすとなると最適解だったとは思いますが、ラワンの弱さには驚きました。シナ合板の方が少し費用はかかるものの、仕上がりは綺麗にいったかなと思います。材料の作られ方、加工性など、もっと理解しなければいけないことはたくさんありますね。。

 

断面でみると、左右対称どころか、板張りのほうに重心があるので、自立はしません。うまく固定できるか心配でしたが、突っ張りのディテールに凝ったおかげか、ちゃんと固定されました。

 

最終的にもとから、そこにあったかのような雰囲気で、既存の空間に溶け込んでくれました。

 

これもまた大きな学びです。

すでにある状況に新たなものを加えた時に空間に与えるモノの力みたいなアトモスフィアはなかなか感じることができません。買ってきたものを合わせるのは日常茶飯事ですが、作るものがしっかり調和してくれるのか、不安でしょうがありません。

 

これについてはもう一つのプロジェクトで詳しく話したいのでまずは竣工写真をご覧ください。

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という2つのプロジェクト、実作を設計製作しました。

で終わりではありません。

この2つの設計は材料費のみいただき製作しています。

なので設計料も、製作料もいただいていません。

 

ここからは、もう一つの個人プロジェクトから、これから天職として楽しんで設計しながら生きていけるかの一つの観点を与えてくださったクライアントとの出会いをご紹介しつつ、自分の考えの移り変わりを記述していければと思います。

 

予定は変わります。そうつまり、設計料を出すと言ってくださったんです。

まあまずは設計の内容からですね。

 

設計内容〈CAPRICE 辻堂〉

大学4年の頃から通い始めたレストランがあります。始めは男のイキリみたいなもんで、バーカウンターが併設のイタリアンだったので一人でお酒でも飲みに行こうと思ったんです。笑 そうしたらカウンターで一人の僕に「メガネどこのですか」とスタッフさんが声をかけてくれたんです。これがなかったら通わなかったでしょうね笑

その当時1940年代の英国製のセル巻き眼鏡をしていた僕は自分に興味を示してくれるスタッフ?!とただのリップサービスに乗せられ、、笑

 

料理もお酒も美味しく、スタッフさんもいい方ばかりで顔も覚えてもらえ、通うようになりました。友人を連れて、家族を連れていくようになりました。

 

久々に一人で飲みに行き、上の2つの実作のことを話すと、「じゃあうちにもメニュー箱つくってよ」とシェフ。正直なところこの声かけを下さることは予想していたというか、狙いでもあったわけですが、ありがたいことに正式に依頼をいただきました。

 

現在のメニュー箱がとても使いづらく、新しく作りたいけどそんな時間もないということで大まかな希望を言っていただきました。お店の雰囲気に合うこと。縦にファイル型のメニューを収納できること。これは要求にすぎないので、こちらからは要件を考慮し提案しました。

 

メニュー箱内に仕切りを作り、ランチ、ディナー、ドリンクごとに分類できるように。内的要求と外的要求を同時に満たす最小限の部材で構成できるように。

 

始めはレーザーカッターによる施工性の容易さを持ったものを提案しましたが、なぜ釘を使わないことにこだわるのかという施主の問いに対し施工性の正確さとしか答えられなかった僕は大事なことを理解できていませんでした。それが何かは、それを理解できた自分の製作した物をみていただいてから述べようと思います。

 

お店の外装と内装両方に使用しているヒノキの90*15材の余った材をできるだけ消費せず製作して欲しいということで、最小限部材消費による、お店の雰囲気に合ったメニューボックスをご覧ください。

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では先ほど自分が設計する際に心がけたことを。

はじめのレーザーの提案の際にシェフが夜中12時ごろまで熱くお店のこと、物事の見方を話してくださったんです。

「何事も第一印象が大事」と。

服装に関して知識をつけて、第一印象を大切にしていた自分なのに全く忘れてしまっていました。

お店の音響も、フローリングシートも、ソファ席の背もたれの板も、カウンターの幅、高さ、スケール、椅子との取り合い、照明の取り付けも。すべてにこだわって自分の手で「おしゃれ」に仕上げたシェフだからこそ、幅広い年齢層に愛され、カジュアルさも持ち合わせた上品な空間を作ったシェフだからこそわかることを教えてくださいました。

 

まず「普通」という土台にのること。

「何も感じない」状態のアトモスフィアになるものがつくれるようにならないといけない。そのためには素材を知り、語りかけ、モノがどうありたいかを考える。そんなことが必要だと思います。それが「おしゃれ」であれば、心地いい空間に繋がっていくのではないでしょうか。

 

そこで次の提案では縦羽目板で構成された垂直線を外面に持ってくる設計をしました。これがほぼ完成形ですが、材の勝ち負けはもっとスタディする必要がありました。2つ並べた際に水平に連なる壁になるよう、垂直性を強調するために鉛直材を勝たせたりと、勝ち負けを決定しました。

 

外的要求からは垂直を構築、内的要求からは仕切りとメニューに対し垂直方向の板材。

内的要求を満たす材が構造の中心となり、外の鉛直材が目地を持って構成されています。一方で全ての材料が構造を持ち、ゴシック建築と同じく無駄な場所はほとんどない設計になりました。

 

これこそまさに構造、機能、美的要素を兼ね備えた設計です。確証はありませんが、形態に違和感はないと思います。「普通」になったと思います。

しかしながら図面で想定していた施工順序とは異なる順序で施工したため、まだまだだなと反省もしております。また塗装と組み立ての順番も違うような気がしています。ソリもある材料だったので、やする工程があり、接合してから塗装するという順番になってしまいました。本当ならヤスって塗装して、接合のはずですよね、、。

 

また釘にもこだわりました。真鍮、銅、ステンレスとサンプルを作成し、施主に見せ、ステンレスの丸頭に決定しました。釘の摩擦力はやはり目を見張るものがあり、修復は難しいですが、外観は木材に対していいアクセントになるのでこの設計を通し、釘も捨てたものではないなと感じました。ただ使用者の手に触れるところにはもっと気を配る必要があるなという感じです。質感は建築にも通じるところがあるのでいい勉強です。

 

ちなみに今回の数値の調整では驚くべき事実があります。

というのも長さが246mm、285mmの材だけで構成することができたのです。

つまり生産性において効率の良い設計になりました。

セミラティス的設計プロセスでスタディを行うことが結果いい方向に動いてくれたのだと思います。もちろんプロポーションにも影響の出ることですし、設計行為の振り返りがいずれできるといいなと思います。

 

同じ材、同じ色で塗装したことで雰囲気は間違いなく合うわけですが、むしろ空間が少しのっぺりしてしまい、「何かアクセントが欲しくなった」というコメントをいただき、なるほど提案の時点で「合わせる」と「合わせない」を持ってくるべきだと痛感しました。雰囲気に関してリテラシーのある方だと、次に繋がるコメントがいただけて嬉しい限りです。

 

思考の変化。仕事にするには。

さて大事な設計料の話です。

僕はもらうつもりはさらさらなかったんです。

将来の自分への投資としか思っていないので。

 

でもこの先設計を仕事にしてご飯を食べていくには、お金をもらわないと話にならないと。独立するならなおさら。

「このメニュー箱に自分で値段をつけて」とシェフから言われてびっくりです。

何で値段が決まるか。

どのくらい価値があるものをつくれたのか。

 

「情報」

シェフからの教えです。

文章的には歯切れが悪いですが、このくらいにしておきます。

 

これからの課題になりそうです。

現在家具に関しては学生とは思えない知識を持っていると自負しておりますが、家具屋でバイトしている最大のメリットは値付けを間近で見れるということです。売られている値段はもちろん、仕入れ値もこれから覚えるつもりです。

市場価値の高いものからいろいろなディテールを吸収し、自分の作ったものに値段がつくように設計していければと思いつつ。。。

 

「デザインでお金を稼ぐ」のではなく「デザインで世の中の役に立つ」

 

初心を忘れずに、お金のことももっと考えて生きていこうと感じました。

 

 

 

ということで、最近の動向、思考の変化について言葉にしてみました。

120%で思考することを続けたらきっと何か見えてくる。

そう信じて突き進みます。

 

それでは。

 

 

 

 

 








 

 

 

 

 

 

吉田五十八設計 旧猪股邸を見学してきました。

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お久しぶりです。

久しぶりのブログですネ。

大して忙しくしているわけでもなく、ただ知的欲求と承認欲求を満たすことに没頭している日々でして、建築を言語にするという行為から離れてしまっていましたネ。どうしてもインスタグラムやフェイスブックが手軽に使えてしまうもので、コンテクストなくとも、誰に見られているとかも気にせず投稿できてしまうものですから。

 

吉田五十八の設計物が少しづつ理解できるようになってきたので、先日訪問した旧猪股邸、猪股庭園について記事にしようかなと思います。

 

といっても空間構成や建築思想はそこまで理解しているわけでもなく、ただ自分が見たものである写真(つまり何かを感じたり、興味を持った部分に関しては写真に残すようにしている)とともに、少しですが文を添え、つらつらと支離滅裂に記していこうかと思う次第です。

 

はい。

さっそく行きましょうかネ。

 

端正な佇まい 

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表門をくぐると、緑に囲まれた低層の立面を持ち黄色と茶色で構成された一軒の家が控えめな顔を覗かせます。

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控えめと感じさせる要素であった入り口。豪勢な扉が迎えてくれるわけでもなく、スタイリッシュな建具が備え付けているわけでもありません。ただ木材を45度に加工整形することにより、額縁となる見付け部分を最小限にしているのです。後ほどお見せします。茶室に向かう動線となる一間の石畳と軒の出、およそ7尺ほどの軒高が出迎えてくれます。正面から低く見えるのはその軒高のおかげなのでしょうね。平面を45度に振ることによる視線の操作が垣間見えます。写っているのは友人です。

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こちらは雨樋を支える金物の画像。支持していることを明示しながら、その形態に日本の表意文字を思わせます。

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雨粒はゆっくりと石の群衆と出会います。そこで見られる自然の調和はライトと似た手法です。ただライトは樋を使いませんが。五十八の場合は、「雨垂れ石を穿つ」と言いたげな配置です。ライトの場合はそこを池にするような配置になってたりします。

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図面で書いた線をそのまま実物に写す技術も見逃せません。左は石畳、右は先ほど触れた面取りの効果を示す写真です。そして扉が引き込み戸ということもこの写真でわかりますね。面取りをすることで見付けがないように感じる。些細なことですが、実はこの技、ライトもやってます。笑 

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これが寄りの写真。これ、扉閉じた時も柔らかい印象になるんですよね。

 

水平連窓?

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お次はお手洗い。極限まで見込みをなくすことで鏡に外景が反射し、まるで奥まで庭園が広がっているかのように感じます。元々の開口部のプロポーションのおかげでまるで水平連窓みたいですね。これトイレです。笑

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洗面台は薄い板。アクリル板でしょうか、素材については何も知識がないので触ったからわかる能力備わっておりません。これの取り付け方に注目しました。作り付けで木に嵌め込まれています。支持材がないことで好きな位置に取り付けることができます。アイリーングレイとかは支持材をアングル材でデザインしたりしますが、できれば排除したかったであろう要素。五十八は見事にそれを成し得ます。

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鏡に仕込まれている照明。鏡の裏側の膜と銀をトリミングし、壁に照明を備え付け、紙ような素材の(実際に和紙かもしれません。)塩ビ板を貼り、面はガラスでそのままなのです。。照明の交換は鏡を外さないといけないのが惜しいところでしょうか。いやもしかしたら納戸から交換できる仕組みになっていたりして。

 

茶室

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茶室の引き違い戸。紙が白銀比で割り付けられているような気がしなくもありません。坂倉準三の近代美術館の外装のような割付です。取手にも凝りが見られました。彫り込み、同じ紙で裏まで仕上げる。もちろん目地が揃うように。

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規則通り床差しにはせず、床の間と並行に竿縁(素材が竹というところが遊び心)が配置されています。

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躙口は廊下にありました。躙口の鴨居且つ上部の障子の敷居の浮遊感結構好きです。笑

 

リビング等

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リビングから中庭を見る。食堂とのコントラストが効いていますね。タイミングよく奥に人が写っていますね。奥にも空間があることがわかります。何が言いたいかといいますと、五十八はコーリンロウのいうところの実の透明性を意識して設計していたのではないかという推察がたったということです。それは空間構成にも、建具への重層にも表出しているのではないかと思うわけです。

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これが食堂から庭園、玄関側を見た写真です。長押が途中で止まっている(中庭と入り口に挟まれた壁には横架材が意匠としてでてこない)のは大きくライトと異なる部分でしょうか。まさに数寄屋の特徴でしょうね。ライトは長押のような材を廻り縁と同じように回すことで空間が繋がっている表現としたり、天井が高くみえる工夫として使いますが、長押の省略は空間の中に変化を生み出し、視線を泳がせるところに美しさを見出したのでしょうか。

 

実の透明性と話を繋げるならば、空間があるいくつかの層で繋がっていて、それを立面に表すとすると、今の長押の省略がその手法として使われたのではないか、なんてことも思ったりするのですが、はい、たわごとです。無視してください。笑

 

照明デザインも一貫して垂直水平の組み合わせ。そして天井が少し上がったところに設置しています。設置するために上げているのですが、その時に増える表面積分、そこが空調設備になるわけです。。

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リビングから食堂側を見た写真です。ベンチレーションが意匠として扱われています。細かい縦の木の集まりが一つの造形となっています。見ていただきたいのは台所との境界部分の素材感。木仕上げではないのです。壁よりも薄い色を使うことで目立たないようにするためでしょうか。ここでも長押の省略が見て取れます。

 

さて左の黒い部分気になりますねぇ。

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24回塗りの黒漆。笑 こだわりが止まりません笑

見事な鏡面。色まではっきりわかります。こんな風に靴磨けるようになりたいですね。

あ、話がずれました。すいません。

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建具のレイヤー。全て引き込み戸になっており、内側から、障子、ガラス戸、網戸、雨戸です。壁がとことん厚くなります笑 両側から2枚ずつ出てくるので、レール自体8つあることになります。これだけでも見ててわくわくするディテールですが、もっとワクワクすることがありました。

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左はガラス戸、右が障子を閉めた時の写真になります。

1枚目を出した時は2枚目が次に控えているので特に問題ありませんが、引き込み戸の問題点として戸を全て出した時に空気層といいますか、隙間ができてしまうわけです。五十八がどうしていたかというと、2枚目にその隙間を埋めるための枠をつけることにより、他の建具が使用されない時に隙間ができないようにしているのです。建具をここまで重ねるがためのディテール操作だったのではないでしょうか。

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雨戸と網戸です。

網戸も木枠で挟み込むことによってその存在感を消すこととなります。

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この写真はガラス戸を閉めた時のものです。反射して少しわかりますが、実際にみると、ほとんど何もない状態に等しいのです。ただ雨風を防ぐという役割だけではなく、上から大きなガラスをはめ込むことにより透過性を保持させるのです。管理も行き届き、とても綺麗でした。

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ストッパー。戸を止める金物がありました。隣の隣の和室にはなかったですね。。

 

洋室

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洋室ですネ。椅子は五十八のデザイン。高さと背もたれ、素材から休息用の家具であることがわかります。とても心地よかったですよ。

ここに座りながら庭を眺め、ボーとしたり、読書をしたり。

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洋室には造り付けの三面鏡があるので、元々は奥さんの部屋だったのでしょうか。椅子がしまえるようにその部分だけ天板の下は何も棚がありません。

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空間を無駄にしない収納のデザインが見ることができます。収納が多いと、線が混沌とするのですが、天井の廻り縁、鴨居、棚の水平線が整っているためとても緻密で構成原理が五十八の中にはあったのだな、と毎回思うのです。つまりは数字を拠り所とし、線、面の複雑な構成を成し遂げる特徴はデスティルやライトを思わせるところがあります。
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この部屋でとても感銘を受けました、金物です。通常キャビネットの両開き戸は180度開く物が一般的ですが、支点を変えることで270度近く動くことができます。これは現場で考えたのか、家具を設計しているときから考えていたのか。正直この金物になることで有用性が上がるかと言われるとそうでもない気はしますが、埃が角にたまらないのはいいですね。

 

和室

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さて和室です。そろそろ終盤でしょうか。書いている僕も疲れてまいりました。笑

雪見障子、欄間も障子。そして五十八の特徴は欄間の束材の省略でしょうか。水平の意識が伺えます。

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 そして普通ではない線の処理がここにはありました。手前の障子を開けると室内から外を見ることができます。僕の撮った位置はこの部屋の外側へ向けられた軸線の上です。

正面にガラスが一枚ありますよね。普通ならガラス戸は閉めた状態になると、その木枠の垂直線は中央にきます。五十八はそれを嫌ったようなのです。縁側に繋がる空間においてだけではなく、奥まった室内から庭を見ると想定していたからこそなせる処理です。障子の組子の割付とガラスのプロポーションが相似に見えるのは僕の気のせいでしょうか。何か落ち着くと感じる理由は全て数字を伴った形態に現れているのかもしれません。

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こちらは床框。はい。空調設備です笑

奥に見える柄のある漆は2回塗りですが、リビングのものより職人泣かせのようです。

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配線へのこだわり。ここまでしても余計なものは見せない主義です。

 

床の扱い

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床の処理をみてください。庭園に向けられた縁側を思わせる木の仕上げ。これにより左の畳は規格ではなく、特注になっていました。決断の順番がだんだんわかってくるのは楽しいです。ん、何の話でしたっけ笑

そうです、床の仕上げ方でした。もう一つ載せますね。

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これは食堂の床です。全体として長方形をなしていて、縦横で150mmの違いがあるそうです。そこで五十八は正方形でも、長方形でもなく、ひし形でもなく、平行四辺形で仕上げさせます。笑 そうすれば、四辺とも平行四辺形の角が綺麗にぶつかるからです。上の横長写真3枚で伝わるかと思います。

 

ウォークインクローゼット

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 ウォークインクローゼット。ピクチャウィンドウと現代なら呼ばれる窓がありました。ここも引き込み戸。手前のガラスは曇りガラスでした。

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 襖に隠された鏡。ここも全て開いて押入れを利用した後、鏡からとじることのできるように少しだけ散りがでるようになっていました。素晴らしい。。。

 

その他もろもろ

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茶室の外です。船底天井にするため、垂木を受ける軒桁が延長され、手前の軒を深くするための横架材がそこに貫入します。構造と意匠が有機的にできているとは言えないですが、建築家の足跡です。むしろ不合理なデザインで、モダンさを感じます。

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待機場所。位の高い人が奥の石、そこから順に手前の石に足を乗せていくようです。

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飛び石以外にも瓦で作られた動線がありました。余った材を使ったのでしょうか。

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柏の木。枯れた葉は春に新芽が出るまで落葉しないことが特徴です。武士道がここには込められているそうです。

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庭園から外観を望んだ写真です。中庭が明るいですね。むくり屋根があり、反対側にも屋根が落ちていると感じますが、その距離感の錯覚があるような感じがしました。中庭の位置がその明るさにより本来より手前に感じ、虚の透明性としてデザインされているような気がしなくもないわけです。屋根をむくらせたのは重く見せないため、そして面を見せないようにしたかったのではないかと推測します。

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ご好意で障子を閉じていただきました。こうなるともう少し柱の位置とかしっかり確認すればよかったなと思います。。なんせ柱間がかなりの間隔ですから。

 

2時間くらいの滞在で、ガイドの方が親切に色々なことを教えてくださいました。大変感謝しております。ありがとうございました。世田谷区が管理しているとのことで、無料で見学できました。世田谷区のみなさん、ありがとうございます。

 

ガイドさんからありがたき別れのお言葉を頂戴しました。

 

「よく遊べ。何を得るかは自分次第だけどな。」

 

五十八の人生から学ぶことはまだまだたくさんありそうです。

次は吉田茂邸、岸信介邸行きますか。

では。