sakush0’s blog

It's in the doing that the idea comes

吉田五十八設計 旧猪股邸を見学してきました。

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お久しぶりです。

久しぶりのブログですネ。

大して忙しくしているわけでもなく、ただ知的欲求と承認欲求を満たすことに没頭している日々でして、建築を言語にするという行為から離れてしまっていましたネ。どうしてもインスタグラムやフェイスブックが手軽に使えてしまうもので、コンテクストなくとも、誰に見られているとかも気にせず投稿できてしまうものですから。

 

吉田五十八の設計物が少しづつ理解できるようになってきたので、先日訪問した旧猪股邸、猪股庭園について記事にしようかなと思います。

 

といっても空間構成や建築思想はそこまで理解しているわけでもなく、ただ自分が見たものである写真(つまり何かを感じたり、興味を持った部分に関しては写真に残すようにしている)とともに、少しですが文を添え、つらつらと支離滅裂に記していこうかと思う次第です。

 

はい。

さっそく行きましょうかネ。

 

端正な佇まい 

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表門をくぐると、緑に囲まれた低層の立面を持ち黄色と茶色で構成された一軒の家が控えめな顔を覗かせます。

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控えめと感じさせる要素であった入り口。豪勢な扉が迎えてくれるわけでもなく、スタイリッシュな建具が備え付けているわけでもありません。ただ木材を45度に加工整形することにより、額縁となる見付け部分を最小限にしているのです。後ほどお見せします。茶室に向かう動線となる一間の石畳と軒の出、およそ7尺ほどの軒高が出迎えてくれます。正面から低く見えるのはその軒高のおかげなのでしょうね。平面を45度に振ることによる視線の操作が垣間見えます。写っているのは友人です。

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こちらは雨樋を支える金物の画像。支持していることを明示しながら、その形態に日本の表意文字を思わせます。

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雨粒はゆっくりと石の群衆と出会います。そこで見られる自然の調和はライトと似た手法です。ただライトは樋を使いませんが。五十八の場合は、「雨垂れ石を穿つ」と言いたげな配置です。ライトの場合はそこを池にするような配置になってたりします。

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図面で書いた線をそのまま実物に写す技術も見逃せません。左は石畳、右は先ほど触れた面取りの効果を示す写真です。そして扉が引き込み戸ということもこの写真でわかりますね。面取りをすることで見付けがないように感じる。些細なことですが、実はこの技、ライトもやってます。笑 

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これが寄りの写真。これ、扉閉じた時も柔らかい印象になるんですよね。

 

水平連窓?

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お次はお手洗い。極限まで見込みをなくすことで鏡に外景が反射し、まるで奥まで庭園が広がっているかのように感じます。元々の開口部のプロポーションのおかげでまるで水平連窓みたいですね。これトイレです。笑

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洗面台は薄い板。アクリル板でしょうか、素材については何も知識がないので触ったからわかる能力備わっておりません。これの取り付け方に注目しました。作り付けで木に嵌め込まれています。支持材がないことで好きな位置に取り付けることができます。アイリーングレイとかは支持材をアングル材でデザインしたりしますが、できれば排除したかったであろう要素。五十八は見事にそれを成し得ます。

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鏡に仕込まれている照明。鏡の裏側の膜と銀をトリミングし、壁に照明を備え付け、紙ような素材の(実際に和紙かもしれません。)塩ビ板を貼り、面はガラスでそのままなのです。。照明の交換は鏡を外さないといけないのが惜しいところでしょうか。いやもしかしたら納戸から交換できる仕組みになっていたりして。

 

茶室

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茶室の引き違い戸。紙が白銀比で割り付けられているような気がしなくもありません。坂倉準三の近代美術館の外装のような割付です。取手にも凝りが見られました。彫り込み、同じ紙で裏まで仕上げる。もちろん目地が揃うように。

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規則通り床差しにはせず、床の間と並行に竿縁(素材が竹というところが遊び心)が配置されています。

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躙口は廊下にありました。躙口の鴨居且つ上部の障子の敷居の浮遊感結構好きです。笑

 

リビング等

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リビングから中庭を見る。食堂とのコントラストが効いていますね。タイミングよく奥に人が写っていますね。奥にも空間があることがわかります。何が言いたいかといいますと、五十八はコーリンロウのいうところの実の透明性を意識して設計していたのではないかという推察がたったということです。それは空間構成にも、建具への重層にも表出しているのではないかと思うわけです。

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これが食堂から庭園、玄関側を見た写真です。長押が途中で止まっている(中庭と入り口に挟まれた壁には横架材が意匠としてでてこない)のは大きくライトと異なる部分でしょうか。まさに数寄屋の特徴でしょうね。ライトは長押のような材を廻り縁と同じように回すことで空間が繋がっている表現としたり、天井が高くみえる工夫として使いますが、長押の省略は空間の中に変化を生み出し、視線を泳がせるところに美しさを見出したのでしょうか。

 

実の透明性と話を繋げるならば、空間があるいくつかの層で繋がっていて、それを立面に表すとすると、今の長押の省略がその手法として使われたのではないか、なんてことも思ったりするのですが、はい、たわごとです。無視してください。笑

 

照明デザインも一貫して垂直水平の組み合わせ。そして天井が少し上がったところに設置しています。設置するために上げているのですが、その時に増える表面積分、そこが空調設備になるわけです。。

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リビングから食堂側を見た写真です。ベンチレーションが意匠として扱われています。細かい縦の木の集まりが一つの造形となっています。見ていただきたいのは台所との境界部分の素材感。木仕上げではないのです。壁よりも薄い色を使うことで目立たないようにするためでしょうか。ここでも長押の省略が見て取れます。

 

さて左の黒い部分気になりますねぇ。

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24回塗りの黒漆。笑 こだわりが止まりません笑

見事な鏡面。色まではっきりわかります。こんな風に靴磨けるようになりたいですね。

あ、話がずれました。すいません。

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建具のレイヤー。全て引き込み戸になっており、内側から、障子、ガラス戸、網戸、雨戸です。壁がとことん厚くなります笑 両側から2枚ずつ出てくるので、レール自体8つあることになります。これだけでも見ててわくわくするディテールですが、もっとワクワクすることがありました。

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左はガラス戸、右が障子を閉めた時の写真になります。

1枚目を出した時は2枚目が次に控えているので特に問題ありませんが、引き込み戸の問題点として戸を全て出した時に空気層といいますか、隙間ができてしまうわけです。五十八がどうしていたかというと、2枚目にその隙間を埋めるための枠をつけることにより、他の建具が使用されない時に隙間ができないようにしているのです。建具をここまで重ねるがためのディテール操作だったのではないでしょうか。

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雨戸と網戸です。

網戸も木枠で挟み込むことによってその存在感を消すこととなります。

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この写真はガラス戸を閉めた時のものです。反射して少しわかりますが、実際にみると、ほとんど何もない状態に等しいのです。ただ雨風を防ぐという役割だけではなく、上から大きなガラスをはめ込むことにより透過性を保持させるのです。管理も行き届き、とても綺麗でした。

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ストッパー。戸を止める金物がありました。隣の隣の和室にはなかったですね。。

 

洋室

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洋室ですネ。椅子は五十八のデザイン。高さと背もたれ、素材から休息用の家具であることがわかります。とても心地よかったですよ。

ここに座りながら庭を眺め、ボーとしたり、読書をしたり。

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洋室には造り付けの三面鏡があるので、元々は奥さんの部屋だったのでしょうか。椅子がしまえるようにその部分だけ天板の下は何も棚がありません。

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空間を無駄にしない収納のデザインが見ることができます。収納が多いと、線が混沌とするのですが、天井の廻り縁、鴨居、棚の水平線が整っているためとても緻密で構成原理が五十八の中にはあったのだな、と毎回思うのです。つまりは数字を拠り所とし、線、面の複雑な構成を成し遂げる特徴はデスティルやライトを思わせるところがあります。
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この部屋でとても感銘を受けました、金物です。通常キャビネットの両開き戸は180度開く物が一般的ですが、支点を変えることで270度近く動くことができます。これは現場で考えたのか、家具を設計しているときから考えていたのか。正直この金物になることで有用性が上がるかと言われるとそうでもない気はしますが、埃が角にたまらないのはいいですね。

 

和室

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さて和室です。そろそろ終盤でしょうか。書いている僕も疲れてまいりました。笑

雪見障子、欄間も障子。そして五十八の特徴は欄間の束材の省略でしょうか。水平の意識が伺えます。

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 そして普通ではない線の処理がここにはありました。手前の障子を開けると室内から外を見ることができます。僕の撮った位置はこの部屋の外側へ向けられた軸線の上です。

正面にガラスが一枚ありますよね。普通ならガラス戸は閉めた状態になると、その木枠の垂直線は中央にきます。五十八はそれを嫌ったようなのです。縁側に繋がる空間においてだけではなく、奥まった室内から庭を見ると想定していたからこそなせる処理です。障子の組子の割付とガラスのプロポーションが相似に見えるのは僕の気のせいでしょうか。何か落ち着くと感じる理由は全て数字を伴った形態に現れているのかもしれません。

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こちらは床框。はい。空調設備です笑

奥に見える柄のある漆は2回塗りですが、リビングのものより職人泣かせのようです。

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配線へのこだわり。ここまでしても余計なものは見せない主義です。

 

床の扱い

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床の処理をみてください。庭園に向けられた縁側を思わせる木の仕上げ。これにより左の畳は規格ではなく、特注になっていました。決断の順番がだんだんわかってくるのは楽しいです。ん、何の話でしたっけ笑

そうです、床の仕上げ方でした。もう一つ載せますね。

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これは食堂の床です。全体として長方形をなしていて、縦横で150mmの違いがあるそうです。そこで五十八は正方形でも、長方形でもなく、ひし形でもなく、平行四辺形で仕上げさせます。笑 そうすれば、四辺とも平行四辺形の角が綺麗にぶつかるからです。上の横長写真3枚で伝わるかと思います。

 

ウォークインクローゼット

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 ウォークインクローゼット。ピクチャウィンドウと現代なら呼ばれる窓がありました。ここも引き込み戸。手前のガラスは曇りガラスでした。

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 襖に隠された鏡。ここも全て開いて押入れを利用した後、鏡からとじることのできるように少しだけ散りがでるようになっていました。素晴らしい。。。

 

その他もろもろ

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茶室の外です。船底天井にするため、垂木を受ける軒桁が延長され、手前の軒を深くするための横架材がそこに貫入します。構造と意匠が有機的にできているとは言えないですが、建築家の足跡です。むしろ不合理なデザインで、モダンさを感じます。

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待機場所。位の高い人が奥の石、そこから順に手前の石に足を乗せていくようです。

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飛び石以外にも瓦で作られた動線がありました。余った材を使ったのでしょうか。

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柏の木。枯れた葉は春に新芽が出るまで落葉しないことが特徴です。武士道がここには込められているそうです。

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庭園から外観を望んだ写真です。中庭が明るいですね。むくり屋根があり、反対側にも屋根が落ちていると感じますが、その距離感の錯覚があるような感じがしました。中庭の位置がその明るさにより本来より手前に感じ、虚の透明性としてデザインされているような気がしなくもないわけです。屋根をむくらせたのは重く見せないため、そして面を見せないようにしたかったのではないかと推測します。

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ご好意で障子を閉じていただきました。こうなるともう少し柱の位置とかしっかり確認すればよかったなと思います。。なんせ柱間がかなりの間隔ですから。

 

2時間くらいの滞在で、ガイドの方が親切に色々なことを教えてくださいました。大変感謝しております。ありがとうございました。世田谷区が管理しているとのことで、無料で見学できました。世田谷区のみなさん、ありがとうございます。

 

ガイドさんからありがたき別れのお言葉を頂戴しました。

 

「よく遊べ。何を得るかは自分次第だけどな。」

 

五十八の人生から学ぶことはまだまだたくさんありそうです。

次は吉田茂邸、岸信介邸行きますか。

では。

 

山脇巌設計 三岸アトリエ 木造モダニズムを見学してきました。

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竣工時の写真(山本さんに送っていただきました。)

 

 

経緯

こんにちは。大学院が始まって2ヶ月が過ぎてしまいました。大学院生活はたったの2年間なのでもうすでに1/12が終わったということになります。。

反省の多い日々、まだストイックになりきれない自分を省みる日々が続いております。頑張れ自分。

 

その大学院の授業に関連して建築を見学してきたので、今回はその建築についての記事になります。ようやく怒涛のレポートラッシュを乗り越えつつあるので(と言ってもあと4つ残っていますが笑)、やっとブログに取りかかることができます。6月には授業をサボって1週間アメリカに行くことが決まっているのでそれまでにこの建築に関する自分の現段階での考察を一旦終わらして置きたいということもあり、かつそのアメリカでも建築を見学してくるので帰国次第それらのレポートを書くということもあり、、。

 

その授業というのは建築保存設計特論というもので、最後の一回で「歴史的建造物についてA1のボードにまとめ発表する」という課題が与えられたんです。

 

どうせなら実際に建築を見学して、自分なりにその建物を理解をした上で発表したかったので、というのがこの建築との出会いでした。適当に検索をかけてパソコンとにらめっこしているところで見つけたんです。(つまりこの建築に関することは何も知りませんでした。存在も、設計者も、施主も。授業に感謝ですネ!)まさに最初に貼った画像をインターネットで発見し、バウハウスのデッサウ校舎を思わずにはいられず笑そしてこれが日本にある!しかもできた年は1934年となると、もうこれは行くしかない。と勢い半分で見学希望のメールをしてました笑

 

正直モダニズム、白い箱、沈黙系の建築は好みではないのですが、建築には顕在していない建築家のピュアな空間を思い描いた思想が垣間見えた時の面白さをファンズワース邸を介して友人が教えてくれたので、丁度タイミングがよかったというのも選んだ理由の一つでしょうかね。

 

モダニズムと呼ばれる建築は白い箱を目指しているので、本来ならしないであろう不合理な構法や構造を使うんです。それは工事が終わると見えなくなってしまうけれど(それがカッコいい!苦労が見えなくなるところが。まさに能ある鷹は爪を隠す。)、竣工中の写真や、解体の時にわかる訳ですが、そこを見えた時って楽しくないですか笑

 

というわけで前談はこの辺にしておいて、、

以下、各項目に分けて順を追って書いていくので、読みたいところだけ目次から飛んで覗いてみてください。写真だけ見れればいいやという方はFlickrから飛んでください。

 

 

建築概要

所在地 :東京都中野区

用途  :アトリエ(現在はレンタルスペース / スタジオ)

運営者 :アトカル

設計者 :山脇巌

施工会社:永田建築事務所

延床面積:38.414坪

構造  :木骨造

竣工年 :1934年(昭和9年)

 

 

設計者

山脇巌。この建築を知るまで存在すら知らなかった。学部の授業でも習わなかったし、4年のゼミでも登場しなかった。。

彼は妻の道子と二人でバウハウスに留学。これが1930年の出来事。ナチスによるバウハウス閉館により1932年、わずか2年後に帰国。建築家でありながら、写真家でもあったという。

帰ってきてすぐ、木造でこの建築設計できるものなのか。すごすぎる。向こうで国際様式を見ているとしても自分のものとしてアウトプットできるまでの期間が短かすぎて笑

しかも30年代近辺の日本といえば、日比谷公会堂銀座ライオン国会議事堂などのアール・デコ建築や洋風の建物が人気を博していたはず。なぜ施主はこの建築を依頼したのか。。気になりますねぇ。先に行きましょう。

 

 

施主

お施主さんは三岸好太郎。戦前のモダニズムを代表する洋画家で、最終的にはシュルレアリスムに行き着いたらしい。。『蝶と貝殻』シリーズが晩年の作品。若くして亡くなったのはとても残念。三岸アトリエも完成を見ずに亡くなってしまったようです。

 

設計意図

当時の写真からの考察をしてみようと思います。

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竣工時の内観写真

当時のアトリエの写真を使って、この建築が形態になるまでの経緯を探ってみようと思います。螺旋階段、家具、大きな開口部などなど、、

 

三岸の依頼時の言葉が住宅雑誌に記してあったのでここにも書いておきたいと思います。

 

「北は一面の壁で、三方全部を開け放った硝子建築

 

黒と白ばかりの部屋、そして色々な絵をかける壁のあるー色のある絵によって尚引き立って来る色のある部屋(色と明暗に関する鋭い感覚は、氏の最近の作品がはっきり物語っている。細かいペンを用いたデッサンやガッシュに現れた黒と白の使い分け、あるいは紫、赤の特殊な色の使い分け等)ー書室の壁はグレイがいい、今までの書室は白の系統が多いが、灰色の中で素晴らしい制作がしてみたい」

 

「書室には、くるくる天井にまで延びてゆくスパイラル(渦巻き)の銀色の階段ーここから絵を見下ろすのも面白い。」

 

「冬は東南の暖かい陽を浴びて、光の中で夢のような暖かい製作をする。」

 

「アトリエの前にはキラキラ陽に光る池を睡蓮の花がぽっかり浮いた池を、そして水面で曲折した陽の光が白いアトリエの天井でくねくねと踊っている」

 

 

 

螺旋階段

三岸好太郎は晩年『蝶と貝殻』という作品を残しているけど、ここに描かれている渦巻きの貝殻はヘーゲルの思想(スパイラル状の物事の捉え方)からきているそう。「物事はスパイラル状に上昇し、決して同じ場所には戻らず進化して行く」というまさに形態的に表すと螺旋型の捉え方は三岸の生き方そのものだったようなんですね。つまりこのアトリエで一番ヒエラルキーが高いのはこの螺旋階段であり、それが目立つようにこの空間があったようにも思えてきます。ここに来る人は明らかに視線をここに向けるであろうし、現に自分も見ちゃいました笑 設計者の意図ではなく、施主の意図だったんですねぇ。。

 

大空間

螺旋階段を強調するためには目立たない消える空間が必要なわけです。これを設計できたのは当時数少なかったのではないでしょうか。その一人であった山脇。設計者と施主の価値観が一致したためいいものが出来上がったのでしょうね。この大空間、平面は18尺かける18尺。つまり九間。九間とは伝統的な日本建築によく見られる平面の大きさと同じなんです。神代雄一郎さんは『九間論』という論文で、九間は日本人にとって心地の良いスケールであると言っています。これとの関連は定かではありませんが、きっと関係しているのでしょう。しかしこの九間とは違う点もあります。それは高さ。実際にメジャーを下ろして測ったところ4500mmでした。日本建築は1820mmから2275mmくらいでしょうからかなり空間認識としては変わってきますよね。

 

大きな開口部

右手に見える開口部は何故か南を向いており、強い日差しをもろに浴びます。アトリエとして使うなら長時間そこにいることを想定して落ち着く場所を作るべきだと思うんですがねぇ。。でもこれにもちゃんと理由があるんです。

あとでまた詳しく写真を載せますが、アプローチと関係してくるんですね、きっと。

また後ほど。

 

家具

手前に見えるのはCesca Chair というマルセルブロイヤーのデザインのものに激似。ミースのMRチェアに似ていたり。明らかな影響を受けていることがわかりますね。オーナーさんの話によると山脇が持って帰ってきた家具を見せて、日本の職人に似せて作らせたそう。奥の椅子もミースのバルセロナチェアに構造が似ているような感じですよね。

 

奥に小さな空間があり、そこを応接間として使っていたようですが、現在は補強のため壁が入っていて、当時ほどの開放感は失われています。現在でも広いと感じるくらいなので昔はもっと広かったんじゃないかと。。是非復原してもらいたいです!

 

ちなみに床は米松縁板張りで見事な光沢が写真からわかります。構造的に強いことはもちろん、螺旋階段、窓からの光などを反射させ、より空間の質を高めていた要素と言えそうです。木の経年変化と金属のインダストリアルな雰囲気の相性の良さが素晴らしい。

 

ここからは実際にこの建築を見ての現状と、僕が感じたことをまとめて行きたいと思います。

 

空間構成

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現在の外観
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外観

撮影した場所は少しずれていますが(ごめんなさい笑)、昔の面影はほとんどありません。。正直ショックでした笑 レンガの煙突があるし、人を引き込むエントランスはコンクリートの塊になっているし。(これは三岸好太郎の妻、三岸節子が作らせたのかな)

周囲に建物も増えたので目隠しのための大きな木も3本植えてありました。

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前庭部分

当時の姿を知っているから残念と思いながらも、現在の姿の重厚な感じは嫌いではないですね。扉も頑丈そう。当時の写真の前庭にはリュウゼツラン科の植物が植えられていたりして、遠藤新やライトを思わせるところも?!

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玄関部分

玄関部分もだいぶ変わっていました。

2011年の東北大震災で硝子部分が崩れてしまったそうです。2013年に修理して現在に至っています。通りに面した小窓はコンクリートで塞がれ、隣家に面した格子の開口は波板で補強してありました。屋根も修理されている。現在は玄関としての機能は全くなく、内側も仕上げ材が剥がれています。

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現在のエントランスの内部

三岸節子が設計を頼んだのであろう前庭部分に建った暖炉のある部屋が現在のエントランス。焦げ茶色の梁が飛んでいたり、ハーフティンバー的な雰囲気のお部屋でした。アンティークの家具が置いてありここはかなり洋風。

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当時の玄関へのアプローチ

アトリエを右手に見ながら、赤い扉へ向かう。これが三岸の思っていたアプローチなんです。というのも先ほど大きな開口部のところではぐらかしたアプローチとの関係、ここで書きます。通りに面した入り口を作らず、東から西にアプローチをわざわざ長く設計したのは設計が下手とかではありません笑 このアトリエを見せることこそが目的だったのです。しかも大きな窓があるということは実の透明性を介して螺旋階段が外からも見えるんですね。中からも象徴的な螺旋は外からも注目を浴びる存在に仕上がったわけです。。素晴らしい象徴主義。

 

ちなみに外に緑色の柱がありますね。当時の写真からは伺えない(モダニズムの思想的にもあの位置には柱は見せない)ので補強のためにつけたのでしょう。

 

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扉の色

そう、扉の色にも理由があります。それは三岸の晩年の作品の表紙の色なんです。

比べて写真撮って見ました。同じですね!節子によると好太郎はコルビュジェやオザンファンからも影響を受けているので扉だけ色を目立てせたのはそこに源流があるんでしょうか。

ちなみに、コルビュジェの設計したアトリエ・オザンファンはこちら笑

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まあ、似てますね笑

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隣のアパートメントの屋上から見る

 当時の屋根形状を示す写真はありませんが、現在は寄棟屋根がかかってます。

おそらく道から撮った写真から推測すると陸屋根か、片流れで屋根面は見えない方法をとっていたと思われます。

 

それでは実際にアトリエに入って行きましょう!

と、その前に平面図を見ておきましょう。

 

平面図 

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これは竣工当時の平面図を藤森照信さんが部屋名を追加したものです。

TOTO通信 こちらに掲載されています。

応接間からアクセスします。

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当時の様子を残す応接間

床も、ヒーターを入れるための鉄平石でできた作り付け家具もそのまま。メルヘンチックな感じになりそうでなってない?割とギリギリなラインですね笑

 

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トップライトがない!

左が1934年、右が2018年。

比較すると結構変わっていて、トップライト、はしご、通気口、ライト、窓の形状など。左の写真の右下、細長い通風口があるの見えますかね。平面図を見ると北側に室はないということがわかりますが、現在はスライドドアがあるのが写真でわかるように奥に風呂、便所、2階への階段があります。

 

アトリエ

それでは各方角からアトリエの写真をどうぞ。

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登ると2階の和室に。

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家具は当時のままだそう。あとで少し細かく見ます。

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奥には階段、右手に風呂、左手には便所。

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上の開いている扉は額縁や絵を保管する場所。当時ははしごからアクセスしていたそうだけど、いまは2階から行けるようになっています。

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明るい!本当に明るい。心地よい。

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結構劣化しています。

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階段の途中から。いろんなところで撮影できそうです。

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2階の和室から。下で資料を見ているのが山本さん。お世話になりました。

三岸はここから絵を眺めることを考えていたのかぁと思うと、その高さは三岸が思い描いていたのか。。

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保管庫から。この広さ伝わりますかね。

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なんの脈略もなくヤコブセン。アントチェア

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甥っ子さんか誰かちょっと忘れてしまいましたが、その方の作品が飾っています。

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床材は本当は松を使いたかったけれど予算がなく、ベニヤに。でも木目選びが上手で、綺麗に敷かれていました。

 

玄関

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当時のインターホン。

 

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左が外から、右が中から。壁は結構厚いから雨は入らないのかな。

コルビュジェの彫塑的な感じに見えなくもない。

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当時の帽子掛けとコート掛け。壁の仕上げはボロボロになってしまってます。

まるで自分の家の珪藻土笑 地震の影響は大きそうです。亀裂もありますね。

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この構法はなんですか。。笑

横胴縁ここまでいるんですか?わからない!

構造用合板が見当たらない。。だから胴縁を増やしている?

是非教えてください。奥の木は整形材じゃないし。

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鉄平石。黒は三岸が指定していたやつですね。

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白のタイルも見えます。

この状況ですから、有用性はないですね。

修復してほしい!!本当に原型を見てみたい。

 

アトリエから2階へ

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扉の奥に入ります。

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お風呂。もうだいぶガタがきてました。

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アトリエのお風呂側の壁。コンクリートブロック。

なぜか新聞紙。。。というかやはりこの大空間を木造ってすごい。

 

サンルーム

2階へ向かいます。

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色使いが上手だと僕は感じました。

いやらしい感じがない。アトリエと違ってモダニズムではないことを示すかのような構成。増築部分とすぐにわかります。

白と茶色のコントラストが綺麗に効いています。

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登りきったところから撮った写真。

右のブリーズソレイユ自体は格子グリッド。でも奥の半透明のガラスは3×6板。

真ん中の冊子の切り替え部分に同じ色の木で補強していたり。全く目立たないから意匠的にも構造的にも合理的な方法。

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保管庫から出たところから撮った一枚。

階段を上がるとすぐにサンルームがあります。どこにもサンルームという表記はないけれど、和室とレベル差があることや、北側の落ち着いた光を入れる水平連続窓をみると、恐らく椅子を置いてお茶でも楽しんだのかななんて思ったりします。

スタジオとして利用する人はここが結構光がいい感じに入る!と言っているそうです。

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左手に和室。奥が保管庫。

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階段のディテール。勾配はとても急笑

でも横の木材のフルーティングは綺麗だった!

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よく見ると、床厚めっちゃ薄いですね。。

 

和室

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南側を見る。左側の柱も当時はもっと細かったんだろうなと思う。

和室だけど開口部は近代建築そのもの。ここが木の建具とかならもっと日本的に見えるだろうけど、外観の見えを大事にしているので中はこの雰囲気。

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6畳間。壁が白い仕上げだからか、とても広く感じる。奥にはサンルーム。

天井!!後ほど。

 

テラス

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外にはテラスが。

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煙突。

 

お庭

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テラスから下のイングリッシュガーデン的なお庭を見ます。

毎週ここでお茶を飲みながら地域の人で集まって色々話すそう。

歴史的建築の中でそういうコミュニティが形成されているのはとてもいいことですよね。ここのオーナーさん、そういうのとても上手です!

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隣のアパートメント。

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外の柱は梁の下に入っていない?笑

一体どうなっているんだ。。

 

 

ディテール集

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天井の仕上げ材は地震で剥がれてしまったそう。中からい草(?)のような紐状のものが垂れています!!これは日本の伝統的な工法だそうで、上から固定するために吊る材料だそうです。モダニズムに隠れし日本の技。これ見れるの楽しいですねぇ笑

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さあ、一番の醍醐味。笑

天井が剥がれていたこともあり、iPhoneを突っ込むことができました。

謎の小屋組です。

もともとの小屋組に屋根改造の小屋組が混在しているのだろうけど、手前の入り組んでいる3つの材とかとても謎笑

垂木も二重?野地板が直接張られていないんです。しかも野地板は普通横材を何枚も載せるわけですが、どうも一枚板に見える。ただの材料不足か。。

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不整形材ばかり。

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まず木造で大空間を作ろうとした不合理な作為がこの小屋組に繋がっているのでしょうか。垂木も太すぎです。

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堀金物。新橋にあるアール・デコ建築のお店ですね。

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アングル材を使用した螺旋階段。使用していない穴は施工時に間違えたそうな。

施工は中で行ったらしいです。

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絵をかけるための棒。はしごがないと掛けれませんね。。

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当時の机。またいいものを見ることができました笑

どこかライト的な雰囲気を醸し出しているんですよね。。

 

 

登録有形文化財として

 2014年に登録有形文化財に登録され、20152017年にはロコモコdocomomo

に登録。日本に現存する木造モダニズムは2つ。土浦亀城邸と三岸アトリエのみ。竣工年でいうと1935年と1934年。この三岸アトリエの方が先なんです!

しかし文化財に登録されたからと言ってお金の援助が出るわけではなく、スタジオに貸し出したりカフェの稼ぎで維持費に充てているそうです。

 

leia.biz

リンクを貼っておくので是非スタジオ、写真撮影等で利用してください!

 

完全に修復するには2000万。

僕個人としては当時の状態に是非復原してほしい。しかし当時の面影がなくなってもそれはただの新築になってしまうのでいかがと思いながら。

保存と利用の問題って難しいです本当。

 

この建築を見るきっかけとなった授業は保存建築を見に行くということがメイン。目黒市庁舎と求道会館を見てきましたが、それぞれ建築の価値というのは異なり、利用のされ方も違います。

 

歴史的建造物というとモダニズムというより、擬洋風とか、洋風建築がパッとイメージされるかもしれないけれど、建築家のもがく思想を残してほしいという意味も込めてモダニズムも残してほしい。まさに建築が進化した時代ですしね。

建築マニアの方にしか通じにくいというのも難点だけど、やっぱり「すべては建築である」と思っている僕はいろんな人に知ってもらいたい。

この言い方だと僕はなんでも知っている的な感じになってしまうな笑

 

このブログを書くのだって自分の勉強のため、まだお金も自分で稼いでいないし、稼ぐためのトレーニングの真っ最中。この記事で書いてあることが間違っていると思う人がいれば是非コメントしてほしいし、教えてほしい。お願いします。

 

最後にオーナーの山本さん。

この度は本当にお世話になりました。楽しい時間を過ごさせていただきました。

ありがとうございました。

 

というわけで以上となります。

6月後半が楽しみで仕方ありません笑

またその時まで!

 

 

 

 

 

櫻井翔太・処女作

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自己紹介

こんにちは。

この度、建築学生である櫻井は自分が設計したものが初めて実物、つまりS=1:1のスケールの「モノ」になりました。まだ学生である自分にとって、家具というスケールではあるけれども設計の機会を頂き、貴重な経験をさせてもらったので記事にしようと思います。授業で設計をやるよりも何倍も楽しく、また大変でもありました。

 

お施主さんは同級生。もうすぐ子供が生まれるから、ベビーベッドを作りたい!と実際に生まれる2週間前くらいに連絡が入りました。

 

現在大学院で設計の授業はとっておらず、設計欲が出ていたところに連絡が来たのでこれは大事な機会だから逃すまいと是非やらせてほしいと応答しました。といっても学校で設計しても細かいところまでデザインできないし、好きな建築の方向性がある程度固まってきてしまっているし、お客さんがいないからどうしても現代建築のファッションのレールの上に載せられてしまうのが嫌、というのが設計演習をとっていない理由なのですが。。まあ自分の建築への考えを記す機会ではないのでこの辺でやめておきます笑

もし気になる人がいらっしゃれば以下の卒業制作時に書いたしょうもない記事をご覧ください。

 

www.sakush0.com

www.sakush0.com

www.sakush0.com

www.sakush0.com

www.sakush0.com

www.sakush0.com

 

正直ここに書いたことで人を納得させることができないので、、つまりまだその程度の思想なのでじゃんじゃか批判してくださいね。

 

ということで僕の処女作を是非見てください。

はじめに完成し、部屋に収まった姿を、次に作る過程のことを記したいと思います。

それではどうぞ。

 

完成写真一覧

 

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1200mm×600mmのマットレスが収まるように。内法は1210mm×610mm。

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押入れとママのベッドの間に収まった姿。高さはママのベッドと同じに。そして赤ちゃんをベッドに載せてあげる時にお母さんが腰を痛めないように。

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もともとここにあった机が下に入るように。そしてコードが奥から通るように。

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これは実は結果的にうまくいったものですが、既製品の箱を取り付け可能な状態になりました。ママによると赤ちゃんがここから覗けて楽しい行為につながっているとか!

 

 

作業風景

それでは構想過程と作業中の風景をどうぞ。

基本的にモノを作る際は永く使えることが自分の中では一番大切なこと。

それはこれからもベースにしていきたいし、古いヴィンテージのものからインスパイアされている自分としてはそうとわかるデザインをしていきたい。

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何案かスタディして行き着いたこの形。

ただ希望通りの場所に収めるだけではなく、材料費もできるだけ少なくするスタディもできたのは本当にいい経験でした!

上の4枚のシートのみで買い出し、製作しました。

もっと具体的にできたかなとも思うけど、実は買い出しの前日は徹夜だったので許してね笑

 

1日では終わらず、夜になってしまった図。

暗いと作業もできないですからね。。

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一週間後、釘の打ち込みが弱いところがあって一旦解体してからまたみんなで作業。

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写真を見るとわかるように、釘の打つところとか全く計算していないんです、、

作る過程を考える時に打つ方向は考えていましたが、断面欠損の計算まではできていません。。。

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本当は側面は3枚横板が入るはずだったのですが、うまく収まらなくて、、

どうすればこのミスをチャンスに変えられるかを考えて間一枚を抜くことに。

すると先ほどの箱がかかるスペースができたのです!

まさに3年生の時に兼任講師をして来ていた先生のおっしゃるハンズオンアプローチというのを身をもって体験。

 

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ペンキを塗って完成!

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最後はみんなで裏に名前を書いてこれで終了。

 

写真とともに自分の考えを書くのはとても難しい。。と書きながら思ったので、この後に文章ばっかり書きます。読みたい方だけ読んでいってください。

 

 

建築、家具に対する思い

お客さんがいること

まず今まで建築を設計する授業と全く違う点がここ。そう、お客さんがいること。設計期間自体はとても短かったので打ち合わせも3回くらい。あとは写真をラインで送ったり、電話したりのみ。今回はとても少ない気はするけど、その一つ一つがとても大事で、信頼を積み重ねていかなければならない。今までは自分の思想や本を読んで影響を受けた形を選んで見たりでプロセスの筋が通っていて、問題解決をしていて、形が割と正しいようなものであれば評価される。でも特定のお客さんだけがいる場合、その希望を叶えることが全てだし、専門家としてその希望にさらに付加価値をつけることができれば本望。不特定多数の人間が使用する建物(例えば図書館や公民館、体育館、学校、、)を設計する場合は割と授業の課題に近い。なぜならお客さんは誰かわからないから。しかし住宅だけは違う。この家具製作の場合も。その中で社会、都市にどう対峙していくかが考えなければならないことではあるけど。

 

設計は自分だけでは成り立たない。今回は施主の機転のきいたアイデアも存分に入っている。だからこそ今までと違う楽しみを味わえたのかもしれない。何か作りたい。という気持ちが本当にあったから打ち合わせも楽しかった。もう少し自分が形へのアプローチを知っていたら、物を実際に作る経験を多くしていたらなど思ったりもするけど。

 

今回は設計料なんてものはもらっていない。資格もないし、デザイナーでもない。だから本当に純粋にモノを創りたいという気持ちが設計をする手を動かしてくれた。もし自分が建築家になれて建築設計を生業にしていたら、この時の気持ちは忘れずにいたい。もし忘れていたらこのブログに戻ってこよう。そのためのブログ運営でもある。

 

建築家は施主の考えだけを叶えればいいのか。という疑問を自分は持っている。これからいろんなクライアントを持っていく中で、一人の人間としての自分の価値観をどう活かすか、これはこれから存分に考えて行きたい。自分は社長の家に生まれたわけでもなく、お金持ちの家に生まれたわけでもない。お金持ちが持っているものは何か、自分の理解では資本はもちろん、文化資本であると思っている。その文化資本とはどんなに勉強しても基本的には追いつくことのできないもので、学校の勉強とは違う。いくら努力しても理解できない人には一生かかっても理解できない。解釈の仕方としては「価値観にはヒエラルキーがある。」というのがわかりやすいであろうか。価値観は多様でそれを認め合っていく必要がある。などというのは意味を持たない文言である。かといって低俗なものを蔑むことは良くなく、蔑んだ人こそ高貴ではなく、低俗なのである。

努力しても追いつかないといったが、自分は文化資本を獲得する努力をしている。その言葉の意味を理解して、たまたまビンテージやアンティークが好きになり、建築を専攻しているがために追いつけるのではないか、そして追い越し、それを自分の付加価値としよう。と考えているのだ。

 

ここで自分の建築家としての理想像を拙新論争というのを借りて描いておきたいと思う。拙新論争とは遠藤新と山本拙郎の建築論争のことで、まさにさっきの話に直結すると僕が感じているものだ。遠藤は施主の価値観をも覆すデザインをすることが建築家としての役割と言っている。それに対し、山本は遠藤の作る建築は施主の置きたいものが置けない、施主の希望を叶えてないではないか、というようなことを主張するのだ。つまり山本は施主に対し白い箱を提供し、あとは施主の好みの空間にして行けば良いという考えで、遠藤は家具、絨毯、カーテン全て建築家がデザインすることで初めて統一された空間性、場所性が仕上がる、つまり暮らし方、生活の提案だけで終わるのではなく建築家として持っている価値観に加えて、一人の人間としての価値観を施主に与えていくという考えだ。確かに価値観を覆すというのは僕も少し言い過ぎな気はするが、モノを作る以上、その人のデザインとわかるデザインこそプロであるはずだ。(隈研吾、草間彌生、SANNAなどを思い浮かべてもらうとわかりやすい)遠藤の場合、施主は遠藤の建築に対する思想に対し、深い理解を持って設計を依頼してくる。だからこそ価値観という言葉が遠藤の文章に現れてくるのだと思う。

 

さて初めの疑問に戻ろう。施主の希望のみを叶えればいいのか。

僕はそうは思わない、つまり遠藤新サイドの意見を持っている。

価値観が似通っている、もしくは多少好きなものが似ている施主ならばそれでいいかもしれない。しかし自分より価値観が下(価値観の上下関係については上に書きました。)の施主の場合、まず自分の思想を理解してもらう必要がある。では自分よりも価値観が上だと判断した場合どうするのか。。これはとても難しい。そのために建築家としてより多様な、多くの文化資本を所持している必要がある。と僕は思っている。ただの専門知識だけではお金持ちの施主を獲得することはできない。

なぜお金持ちの施主を獲得する必要があるのか。

次にそこに関して書いていきたい。

 

費用を減らすこと

今回のベビーベッドは施主が「ものを作ることが好き」「安く済ませたい」という想いのもと僕に設計を依頼してきた。

なのでコスト面ではかなり検討を重ねた。

 

バイト先の事務所でも費用をどこで下げるかの打ち合わせをよく耳にする。でも安くなるにつれてモノとしての質も下がっていく。木目が好きだから本当は仕上げは木がいいけど費用がかかるから木目調のクロスを貼りましょう、なんてことはたくさんあると思われる。

本当にそれでいいのか。いやよくない。

コストを言い訳にしていい物作りができないなんてそんな勿体無いことはない。

かと言ってお金がないならできません、なんてことは建築家として終わっているから、予算内で試行錯誤してベストのものを作ることが大事。

でもやっぱりお金があればやりたいことができるし、永く使われる建築を目指したいし、家具や道具だってそのはずだ。

そこに興味がない人のためにIKEAやニトリ、ハウスメーカーがある。物作りに創造性を働かせない人間にはなりたくない。理由は簡単である。人間が金も名誉も何もかも失った時に残るはクリエイティブな思考だけだから。でないとAIに仕事奪われちゃうしね!!

 

で何が言いたいのかというと、お金持ちの施主がいれば創造的な産物が生まれるし、永くこの世界に残るものが実現できる。

ベースはこれからもここにあるだろうけど、もっと知る必要のあることはたくさんあるから勉強していきたい。

 

施工を考えること

今回物作りに関してのど素人10人弱の力を結集させてベッド作りに励んだ。

みんなの協力なしにこのプロジェクトは成功していない。この場を借りて改めてみんなにありがとうと伝えたい。

もし専門の大工や棟梁がいればそちらにその仕事を任せるが、基本的に建築家も施工に対する理解は持っておかなければならない。ただかっこいいデザインを実現するというのが目的になってしまってはいけない。その実現をするために大工に相談するのは順番が違う気がする。大工は実際に施工する人たちだから物の作り方をよく知っている。

今は分業の世界だし、仕事を回していかないといけないから施工に関しては設計者は離れたところから見ているのが現代だが、デザインによって見え方はかなり変わってくるし、木の板の取り合いによって垂直性や水平性が変わってくる。そこを妥協してデザインするなど絶対にいやだし、やりきりたいと思う。

 

家具のスケールにしろ、建築のスケールにしろ、「どのように作っているのか」の視点は常に持って物を見ていかないといけないし、そこに対する解釈を持って自分のデザイン技術の源としたい。だからこのプロジェクトのおかげでより建築の見方、体験の仕方が変わってきている。研究者としての物の見方になってしまってはいけない。自分が生み出すためにその糧にする。これからはその視点を大事に写真に残し、自分のアーカイブとしていきたい。(もう家具アーカイブというフォルダを作成した笑)

 

今後について

初めてパソコン上の3Dが実物になった。先ほども言ったが、この経験を通して物の見方が変わった。アンティークやヴィンテージが好きということもあって、今後はもっと物をみてアーカイブを増やし、自分のデザインにつなげていきたい。

そのため、この2年間は設計料無料で(当たり前か笑)、実務の練習をしていきたい。

そのための営業方法や、完成品の見せ方、思想の伝え方などをもっと考えていかなければいけない。

実はベッドを作っているのを見た他の友達が棚を依頼してきた。

そう、すでに2作目に取り組んでいる。

またできたらここに記したいと思う。

 

 

最後に

言葉遣いが途中から変わってしまい申し訳ないです。笑

自分の意見を述べる時に敬語でなくなってしまうのはいけない癖ですね。。

そこまで時間もないので修正もしない僕ですが、、ごめんなさい。

 

ベッド依頼してくれた友達、ありがとう。

そして出産おめでとう。

 

みなさん!!無料で僕に物を創る機会を恵んでください!!

コメントでもFBでもInstaでもなんでも!送ってくれたら喜びます。笑